服を選ぶうえでは、相手からの見え方を意識しています。人と人は、ほとんどが見た目でコミュニケーションしますよね。そういうときには、やはり服が重要になります。私も相手の服装で、どんな人かを読んでしまいますね。時々、読みすぎだなとも思いますが、だいたいその印象は合っているものです。

極端な話をすれば、出会って5秒くらいで、「たぶんこの人はこういう人だな」と分かってもらえるような装いをしたいと思っています。別に自分を良く見せようとか、そういうプリテンドではありません。自分をより良く理解していただくために、服装というものを、もっと味方にしたらいいと思うんです。「裸の付き合い」とよく言いますが、私は逆だと思います。裸にならないと自分を分かってもらえないとしたら、それは僕の失敗なんですよね。タキシードやスリーピースを着ているなど、そこそこちゃんとした格好をしていたとしても、「あっ栗野ね」と言ってもらえたら最高です。たぶん、そのために服屋をやっているんだと思います。

去年でちょうど40年経ちましたが、未だにこの仕事を面白いと思ってやっているのは、服がそうやって世の中の役に立っていると実感しているからです。だからやめられないんですよね。

僕は着るものの振れ幅は広いですが、「あの人はなんでも着るね」と思われるのは嫌です。それよりは、いろいろ着てはいるけれど、「何着てもあの人っぽいね」と言われたいなと思います。そのためには、人間力を磨くほかないですよね。歌舞伎の役者さんのように、70歳になってやっとあの役ができるとか、80歳くらいになってやっとあの役ができるとか……、ああいう発想が好きなんです。だから、もう若くはないから着られないとか、50歳になったらこうでなくてはいけないというような発想はまったくないですね。

逆に、若いときよりも今の方が、チャレンジングな服を着ています。自己表現のあり方とか、そこにおける自分自身のプレゼンスが違ってきたんだろうなと思います。若い頃は、「俺はこれ!」みたいなことを意識した服を着ていましたが、ある時から、もっとしっくり馴染むような、肩の力を抜いていても自分っぽいというのがいいのではないかと思うようになりましたね。

何が似合うか分からない人は、まずは自分に似合う色を見つけることが大切なのではないでしょうか。僕自身は今でこそ何でも着ますが、昔はネイビーとグレーしか着ていませんでした。しかしあるときにボルドーのセーターを買い、ネイビーとグレーに似合うからOKということになったのです。次にグリーンはどうかなと思ったときに、やっぱりネイビーとグレーにも似合うからOKという風に、徐々にカラーパレットを広げていきました。定番のフォーマットをひとつ持っていると、そこから応用が利きますよね。トライアルしやすいというか。

何でも着ろと言っても、絶対似合わないものがありますので、そうは言いません。一番いいのは、人にやたらと褒められることがあったら、なぜ褒められるんだろうと考えて、その理由を見つけることです。あるいは自分で探して、それをベースにトライしていくこと。そういう意味では、トラッドというひとつの考え方があって良かったなと思いますね。ある程度のフォーマットがあるから、似合うものを探しやすいですよね。

オックスフォード地のボタンダウンシャツのホワイトとブルーから始めて、次はストライプを着てみようかな、その次はチェックにトライしようかな、となりますよね。そういうのって、我々がトラッドマインドと呼んでいるものの一番良いところじゃないでしょうか? 自分が着ていて気持ち良く感じることが第一。さらに、人がちょっとでもポジティブなことを言ってくれるようなものは、きっと似合っているものですので、それを大事にするのがいいですね。

ピエール=ルイ・マシアは、綺麗な色やプリントというものをワードローブに加えたいときに、一番信頼できるブランドです。シンプルな装いをしている人にこそ薦めたいですね。今の若い世代は意外とコンサバティブで、綺麗という概念の前に派手という言葉で終わらせてしまうところがありますよね。くどいのは嫌ですが、派手というか、煌びやかなことは悪いことではありません。

ピエール=ルイ・マシアは、その人の人生を豊かにしてくれるちょっとしたスパイスになると思います。ワードローブにひとつ加えるだけで十分ハッピーになれます。

栗野 宏文

株式会社ユナイテッドアローズ 上級顧問
クリエイティブディレクション担当

大学卒業後、ファッション小売業界で販売員、バイヤー、ブランド・ディレクター等を経験後、1989年にユナイテッドアローズ創業に参画。販売促進部部長、クリエイティブディレクター、常務取締役兼CCO(最高クリエイティブ責任者)などを歴任し、現職。2004年に英国王立美術学院より名誉フェローを授与。LVMHプライズ外部審査員。無類の音楽好きでDJも手掛ける。2011年よりツイードラン・トウキョウ実行委員長。